再雇用はみじめと聞くから、選ぶ前にその理由を知っておくことにした

50代の働き方
この記事は約4分で読めます。
記事内に広告が含まれています。

再雇用はみじめと聞くから、それとも別の道かを選ぶ前にその理由を知っておくことにした。

先週、廊下ですれ違った先輩が、以前とは違う名札をつけていました。役職名の代わりに、シンプルな名前だけの札です。定年後、再雇用を選んで残った方でした。

会釈をして、少し立ち話をしました。以前と変わらない穏やかな笑顔でしたが、どこか纏っている空気が違う気がしました。うまく言葉にできないまま、その日は別れました。

家に帰ってから、私はスマホでこう検索しました。

「再雇用 みじめ」

役職定年についてはずいぶん考えてきましたが、その先にある「再雇用か、それとも別の道か」という選択については、まだ何も考えていなかったことに気づいたのです。この記事は、選ぶ前の今のうちに、みじめさの正体を知っておこうとした記録です。

再雇用を選んだ先輩の姿に、迷いが生まれた

その先輩の働き方は、傍から見ると以前とそう変わらないように見えました。同じフロア、似たような業務。ただ、雇用契約そのものが変わったのだと聞きました。正社員としての契約は定年でいったん終わり、新しい条件で結び直す。給与や役割も、その契約の中で決まり直すのだそうです。

私はまだ、その日を選んでいません。役職定年の先にあるこの分かれ道——再雇用として残るのか、別の道を探すのか——を、恥ずかしながら具体的に考えたことがありませんでした。先輩の名札を見て初めて、いつか自分にも訪れる選択なのだと実感しました。

「みじめ」の正体を、選ぶ前に分解しておく

役職定年のときと同じように、私はこの「みじめ」という言葉を夜のノートで分解してみることにしました。

給与が下がることより、契約そのものが変わること

再雇用では給与が下がると、よく耳にします。実際にどの程度かは会社によって違うでしょうし、私はまだ自分の会社の制度を細部まで確認していません。ただ、金額以上に引っかかったのは、「契約そのものが一度終わり、結び直される」という事実でした。

正社員としての自分が、ある日を境に一度区切られる。この区切りの感覚は、役職定年のときに感じた「値札の貼り替え」よりも、もっとはっきりした形で訪れるのかもしれません。

元部下が上司になること

役職定年のときにも似た話がありましたが、再雇用ではこれがさらに具体的な形で起こりうると聞きます。かつての部下が正式な上司として評価する側に回る。役職定年は「役割を外れる」ことでしたが、再雇用は「評価される側とする側が入れ替わる」ことまで含むのかもしれません。想像するだけで、胸の奥がざわつきました。

「選んだのは自分」という事実が、かえって重くのしかかること

そして、夜のノートに書きながら一番はっとしたのは、これでした。役職定年は制度として一律に訪れるものです。誰のせいでもない、と思うことができます。

けれど再雇用は、多くの場合「自分で選ぶ」道です。もしみじめさを感じたとき、「これは自分が選んだ道なのに」という思いが、痛みにもう一層重なるのではないか。役職定年にはなかった、再雇用特有の重さがそこにある気がしました。

選ぶ前だからこそ、比べて考えられることがある

ここまで分解してみて、怖さがなくなったわけではありません。ただ、怖さの輪郭がはっきりした分、少し違う考え方ができるようになりました。

再雇用と転職、両方を想像してみる

まだ選んでいない今だからこそ、片方だけでなく両方の道を思い浮かべることができます。同じ会社に残る再雇用と、外に出る転職。それぞれにどんな景色が待っているのか、まだどちらも経験していない私には、想像することしかできません。ただ、選んだ後では失われてしまう「両方を天秤にかけられる視点」を、今のうちに持っておきたいと思っています(転職という道については、また別の記録として改めて考えてみるつもりです)。

前夜の準備は、どちらの道を選んでも無駄にならない

そしてもう一つ気づいたのは、これまで書いてきた副業のブログや学び直しは、再雇用を選んでも、転職を選んでも、無駄にならないだろうということです(役職定年はみじめなのか。同期の背中を見て、2年後の自分に会った話)。会社の中の値札がどう変わっても、会社の外に育ててきたものは、そのまま自分のところに残ります。前夜にできることの意味を、また一つ確認できた気がします。

まだ選んでいない今、知っておいてよかったこと

先輩の名札を見た日から、私の中に小さな迷いが生まれました。その迷いは、まだ答えの出ないものです。

ただ、「再雇用 みじめ」と検索してその正体を分解してみたことで、怖さの質は少し変わりました。何も知らないまま漠然と怖がるのと、正体を知った上で選ぶ前の今を過ごすのとでは、たぶん違います。

もし同じように、まだ選んでいない立場でこの言葉を検索した方がいたら。答えを急ぐ必要はないと思います。私も、もう少し考えてみます。


(この記事は特定の行動をおすすめするものではなく、50代の一会社員による観察と想像の個人的な記録です)

タイトルとURLをコピーしました