平日の午前11時。もし今、私が役職を外れていたら、この時間は何をしているだろう。
先週、隣の部署のFさんが役職定年を迎えました。挨拶回りをする彼の背中を見ながら、私はふと、自分がそうなったときのことを考えました。あと数年で、私にも同じ日が来ます。
「役職定年 つらい」
検索して出てくるのは、実際につらかったという経験者の記録ばかりでした。私はまだ、その日を迎えていません。だからこそ、「つらい」の中身を先に知っておきたいと思いました。この記事は答えではなく、まだ来ていない一日を、今のうちに想像しておく記録です。
辞令の日は、案外静かなものかもしれない
Fさんの様子を見ていて感じたのは、想像していたような重々しさが、外からはほとんど見えないということでした。
人事から一枚の紙を渡され、いくつかの手続きの説明を受ける。フロアに戻れば、席の移動があるかもしれません。周りは気を使いながらも、普段どおりに振る舞う。ドラマのような瞬間は、たぶんありません。
もし自分の番が来たら、きっと同じように静かな一日になるはずです。むしろその静かさこそが、拍子抜けするほど怖いのかもしれない、と今は思っています。
「暇になったら、何をするだろう」と考えてみる

一番想像がつかないのは、予定のない一日の過ごし方です。
30年以上、会議や決裁や部下との会話で埋まってきた時間割が、ある日を境になくなる。そのとき自分はどうするのか。今の私には、正直に言って分かりません。分からないからこそ、想像しておく価値があると思うのです。
もし私がその日を迎えたら、最初の数週間は、きっと手持ち無沙汰になる気がします。忙しいふりをする必要もないのに、暇な自分を認めるのに時間がかかりそうです。これは今の時点での予想であって、実際にそうなるかは分かりません。
今のうちに始めていることが、その日にどう効くか
だからこそ、今のうちにできることをしておきたいと思っています。すでに始めていることが二つあります。
副業のブログが、時間の「置き場所」になってくれるかもしれない
一つ目は、副業としてのブログです。まだ収益は大きくありませんが、書く時間そのものが、今の忙しい毎日の中でも自分の落ち着く場所になっています。
もし役職を離れて予定のない日が増えたとき、この時間がそのまま「使える時間」になってくれるのではないか。そう期待して続けています(50代から考える副業・退職準備の始め方|定年後の不安を減らす現実的な方法)。もちろん、実際にその日が来てみないと、本当に支えになるかは分かりません。
学び直しは、鎧というより窓に近い気がしている
二つ目は、学び直しです。最初は「役職を失ったときのための備え」というつもりで始めました。ただ続けているうちに、感覚が少し変わってきました。
新しいことを学んでいる時間は、社内の立場を忘れられる時間でもあります。もし将来、肩書きのない自分になったとき、この「学ぶ時間」が閉め切っていた部屋の窓のような役割を果たしてくれたら、と想像しています(再雇用の給与明細を見て、副業のことを真剣に考え始めた話)。
これらはあくまで、今の時点での期待と準備であって、「これをすれば大丈夫」という保証ではありません。実際にその日を迎えてみて、初めて答え合わせができるのだと思います。
Fさんに、聞いてみたいこと
Fさんとは、まだゆっくり話せていません。今度、機会があれば聞いてみたいことがあります。
暇になった最初の一週間はどう過ごしたか。予定のない一日に、何を思ったか。みじめさを感じる瞬間があるとしたら、それはどんな瞬間か。
答えを聞く前に、こうして自分なりに想像を巡らせておくことには、意味がある気がしています。心の準備は、たぶん当日にはもう間に合わないからです。
よくある質問(FAQ)
Q1:役職定年は誰にでも来るものですか?
会社によって制度の有無や対象年齢は異なります。すべての会社にある制度ではないため、まずはご自身の勤務先の制度を確認しておくことをおすすめします。
Q2:つらいと感じたら、誰かに相談すべきですか?
無理に一人で抱え込む必要はないと思います。家族や信頼できる同僚、あるいは社外の場所(副業や学び直しのコミュニティなど)に、少しずつ気持ちを分散させておくのも一つの方法かもしれません。
Q3:想像しておくことに、本当に意味がありますか?
断定はできませんが、事前に具体的に考えていた人ほど変化を受け止めやすかった、という調査結果もあります。答えを出すためというより、心の準備運動として想像しておく価値はありそうです。
まだ来ていない一日のために
「役職定年 つらい」を検索して、経験者の記録を読みながら、私はまだ自分の答えを持っていません。持っているのは、今のうちにできることを少しずつ積み上げているという事実だけです。
もし同じように、まだその日を迎えていない立場でこの記事を読んでいる方がいたら。答え合わせは、まだ先で構わないのだと思います。ただ、今のうちに想像しておくことと、何もしないでその日を迎えることの間には、きっと小さくない差があるはずです。
私も、その日が来たら、また正直に記録していこうと思います。
(この記事は特定の行動をおすすめするものではなく、50代の一会社員が、まだ迎えていない未来について書いた個人的な記録です)




